○月△日の出来事
『そんじゃ、明日の14時くらいにソッチ行くわ』
そう言ってアポとったのは、昨日の出来事でいつもの事。
プログラム関係で佳主馬に呼び出されることもあれば、OZのシステム関係で健二に助けを求められることもある。
その度に二人が暮らしている部屋に訪ねて行くのは、オレ――佐久間の習慣となっているので問題はない。
そう、二人の部屋を訪ねる分には問題はないのだが。
ピンポーン
インターホンを押せば典型的なチャイムが鳴る。
先程メールで到着の旨を知らせたので、すぐにドアが開かれる筈だ。
案の定、誰何の為の応答すらなくドアの鍵を開ける音が聞こえる。
「いらっしゃい、佐久間さん」
開いたドアから覗いた顔は、呼び出した健二ではなく表向きは同居と言う名目で、その実ラブラブ同棲中の青年――キングこと池沢佳主馬である。
「よ、キング」
軽く挨拶をして、案内されるまま部屋に入るとリビングのソファで転寝している健二が目に入る。
「ありゃ、健二寝ちゃってんの? つーか、呼び出しといて寝落ちかよ」
「昨日、遅くまで苦戦してたみたいだからね」
呆れ混じりのオレの言葉に、苦笑しながらキングがフォローを入れるが数年来の親友には通用しない。
「まったく、キングは健二に甘過ぎ」
オレの小言はいつも通り飛び火して、それから逃れるためにキングが健二を起こしにかかる。
ソファに近づいて、軽く肩を揺すりながら語りかける。
「健二さん、起きて。佐久間さんが来たよ」
相も変わらず健二に対してだけ発せられる、蜂蜜と練乳とサッカリンを練り合わせた様な甘ったるいことこの上ない声でキングが囁く。
いや、そんな甘い声じゃ起きないだろうJKとか思ったりするが、指摘しても無駄なの知ってるので敢えて言わない。
「……ん〜ぅ、ゃーぁ」
思った通り、健二を起こすには至らず甘ったるい寝ぼけ声で微かにいやいやと頭を振る。
おいおいおい、お前ら同棲初めてもう2年目だろう? なんでそんな新婚夫婦も真っ青なイチャベタっぷりを披露しまくるんだよ。
あ、しかもキングの顔やべえし。甘えられて鼻のした伸びてね? つうか、顔面土砂崩れ? 色男台なし……ではないな、美形ってやに下がっても美形なんだね、羨ましい。
おっと、思わず思考が脱線してしまった。
そんな現実逃避をしている間に、顔面土砂崩れのキングは健二の耳元で「起きて、ほら健二さん」とかあんまあああああい声で囁いている。
いや、マジでそれ起きないだろう普通。ちょっとまて、健二、お前は何をやってるんだ。オレが来たってキングが言ってるだろう、聞いてないな?
と言うか理解してないな、だからお前そんな甘ったるい声で「ゃーだぁ」とか言いながらキングの首に腕を回してスリスリしてるんだろう。
お前ら独り身のオレの事ももう少し考えろよ、こら。オレ泣いちゃうぞ?
「もぉ、無理だよぉ……。できなぃ…」
何が!? っていうか、ナニが!?
お前らの夜の生活事情なんか、これ以上垣間見たくないから!
もともと健二はオレに遠慮とか気遣いってのは親友だからこそ、希薄だったけど。最近キングまでオレに気遣いとかあんまりしないのはなんでですか?
『堂々と俺たちの関係を話せるのって、陣内の人か佐久間さんしかいないからね。惚気るくらいは勘弁してよ』
そんなことを以前キングに言われて、うっかりほだされた事もあるけど! あるけど!!
もう少し自重と言う文字はないのかね? なんか、最近キングの辞書の「自重」の項目は修正液で塗りつぶされてる気がするのはオレだけですかね?
ああ、泣いてねえぞ……ちくしょー!
「健二さん? ほら、起きないとキスして上げないよ」
起きないとキスする、じゃないんですね。キングさすがですキング。
「かずまくん……」
あー、なんですか? 今オレ空気? アウトオブ眼中? いい加減いたたまれないんですけど。
「ごめん、佐久間さん」
顔面土砂崩れのキングが頬ちょっと赤らめてこっちを見る。ああ、うん。わかった、皆まで言うな、何を言いたいか十分判ってる、いつものことだろう。
「2時間くらい席外してくれる?」
それまでには、健二さんちゃんと起こしておくから。とか言うけど、ナニをするかは、重々承知しておりますとも。
ええ、人の恋路を邪魔するものはキングのサマーソルトキックで遠いお空にダイブインですし。
「りょーかーい。今日の夕飯は二人の奢りでよろ」
呼び出された上に、席外せとかこの二人じゃなけりゃ許さないよ? ガチで。
「うん、イタリアンの良い店予約しとくから。ごめんね」
ちょっとしか済まないと思ってないだろう、と突っ込みたいけどもキングが「ごめん」って自分から謝罪する相手は限られてるし、まあ良いかとか思う自分が悲しい。
まあ、このバカップル二人の友人ポジションに収まっちまった運命だと思うしかないわな。
さて、近所のショッピングセンターにでも時間つぶしに行きますかね。
後で健二をからかっちゃる。
……ああ、彼女欲しいなぁ。
×月☆日の出来事
はい、毎度おなじみ佐久間敬でございます。
本日はキングこと池沢佳主馬氏に、プログラムについての打ち合わせをしたいとか呼び出しくらいました。
悲しいくらいに通い慣れた、健二とキングのスウィートホーム(笑)にやってまいりました。
毎度毎度呼び出されて、万年新婚カップルのイチャベタっぷりを目の当たりにさせられるのもいい加減慣れてます。
もう、この二人の観察日記とかつけて自費出版したら売れるんじゃなかろうかとか、そんなことも考えてます。
いやうん、考えるだけね、考えるだけ。キングのお怒りが怖いし。仮にも親友である健二を売るわけにも行かないしね。
でも、このもやもやとか独り身の寂しさとかを理解してくれる人が欲しいとか、たまに思ったり思わなかったり。
まあいいや、また脱線したけどやってまいりました、健二とキングの愛の巣。
ピンポーン
いつも通りにチャイムを鳴らす。
のに、今日はどうも開けに来る人間がいない。
代わりに携帯にメール着信。
確認するとぶっさいくなリスがメールを運んできてた、健二か。何だろうね、と開封。
――ごめん、ちょっと動けないから、勝手に入ってきて。鍵は開けてるよ。
まあ、簡素なメールだこと。
と言うわけで、遠慮する理由もないから、開いているドアのノブをひねって「お邪魔します」とササッと中に入る。
「いらっしゃい、佐久間」
リビングから聞こえる親友の声に導かれてそっちに迎えば。あらまぁ……。
「ごめんね、佐久間。佳主馬君寝ちゃってて…。最近ずっと忙しそうで疲れてるみたい」
いや、うん。それは良いんだけどな。疲れてるだろうとは思うし。
転寝はよくあることよ、以前来たときは健二が転寝したりしてたしね。
でも、これは……。
「で、膝枕な訳か」
茶化せば、健二は頬をちょっと赤くして目を逸らす。
「……いや、うん。だって、最近忙しそうで、ちょっと寂しかったし…」
つまりは、キングの休息と言う名目で膝枕してやってふれあいを求めていた、ってことね。オーケーオーケー理解した、納得。
このバカップルめがああああ!!
おっと、いかん取り乱した。
「で、寂しん坊な健二くんは、ちょっとしたふれあいを求めて、今幸せ一杯な訳ね」
からかい半分の言葉に、健二はますます顔を赤らめる。この初々しい反応が、万年新婚カップルたる所以なんだろうね。いやはや甘酸っぺえ。
「そ、そんなこと……ある、かな」
あ、認めた。つうか、今キングの指がピクって動いたし。
あぁ、狸寝入りなわけね。つうか健二は一切気づいてないのね、相変わらず鈍いこと。
お互いイチャイチャ分足りなくなってるのね、つうかオレやっぱり邪魔者じゃない?
「……ふむ、2時間くらいか?」
誰とも無しに――オレ的にはキングに向けて――呟けば、健二は「なんのこと?」と首を傾げて問い掛けてくる。
「いや、独り言」
あっさりと返事して、健二が見えない場所でキングの手がサムズアップして「OK」サインを出す。
「わりぃ、健二。キングに頼まれたツールとソフト、うっかり忘れてきたわ。ちょっと取りに帰るから、それまでごゆっくり。あと、何か必要なものがあれば適当に買出ししてくるけど?」
わざとらしく鞄を探りながら言えば、疑うことを知らないんじゃないかと問い詰めたくなるくらい信じやすい健二が「忘れん坊め」と笑いながら少し考え込む。
「じゃあさ、ショッピングセンターの大黒屋できんつばと煎餅頼んで良い? 佳主馬君が好きなんだよ」
うわ、何それ。ナチュラルに旦那の好きなものを頼むとか、コイツマジでキング殺しじゃん。
それはキングも同感だったのか、健二に見えない位置でキングの指がチャチャチャっと動いてオレにサインを送る。
はいはい、30分延長ね、了解しました。ごゆっくりー……。
「道混んでるかもで、ちょっと時間かかるかも知れないから気長に待っといてくれ。んで、今日の夕飯は呼び出したキングが奢ってくれることになってるから、よろしくー」
そんな約束はしてないけど、当然の報酬だろうと勝手に決めれば、キングは再びサムズアップ。相変わらず太っ腹ですこと。
今日は中華が食べたい気分だね、フランス料理のこってりさ加減はキライじゃないけど今日みたいなこってり甘い二人を観察した後はちょっと勘弁。
さて、これから二時間半、健二の頼まれ者のきんつばと煎餅を買った後はネットカフェとかで時間を潰そうかね。
玄関を出て、ドアを閉める直前にリビングから「や、ちょ…っ! 佳主馬君、ぁっ!」とか言う健二の声が聞こえたのは気のせい。
うん、きっと気のせいだよあははは。
来週の合コンで、カワイイ子いれば良いな……。
佐久間のカズケン同棲観察日記ですw
なんというか、佐久間南無wwww
佳主馬と健二さんはつくづく甘甘ラブラブイチャイチャベタベタだと思います。
ベタベタイチャイチャを略したらベチャベチャになるんだぜ、とかそんなくだらないことを考えながら佐久間一人称はちょっと楽しかった。