手を繋いで

 本日はゼミの親睦会。
 健二が所属する数理ゼミと佐久間が在籍するシス工ゼミの教授は動機で仲が良いので、合同で行うことが多い。
 今回も、仲良く合同で居酒屋に来ている。
 学部生がゼミを選択するのは2〜3年次になることが多い。
 二十歳になっていない学部生はソフトドリンクなどを選ばされるが、冬の学会の打ち上げとなれば2回生の学部生も成人式を済ませているため、必然的に飲酒も解禁である。
 まして、それぞれ睡眠時間や帰宅時間を削って仕上げた苦労の結晶である論文が、大きな評価を得られたのだから学部生、院生のみならず教授陣まで盛り上がるのは仕方ないことだろう。
「おい、健二。大丈夫か、ほどほどでやめとけよ」
 少し離れた場所で盛り上がっているメンツを横目で見ながら、先程まで「さあ飲め、やれ飲め」と囲まれていた親友に水の入ったグラスを差し出しながら佐久間が言う。
「……あー、うん。サンキュー佐久間。流石にもう無理……上田よりはましたげど」
 水を受け取り何口が飲んで、健二は息を吐きながら苦笑する。
「そら、あの酒豪な陣内の人たちは別次元だろ。今回の功労者だから、しばらく静観してたけど流石にこれ以上は止めるわ、俺も。ユリちゃん、健二のことちょっと頼むね」
 佐久間は、ヘロヘロな健二を心配して介抱している数理ゼミの女子に頼む。
「はい、これ以上飲ませようとしたらセクハラの上にパワハラね、と怒り狂います」
 流石、数少ない理数系ゼミで負けずにがんばっているだけあって、健二とは対照的である。
 まあ、健二は名前と外見からしばらく女子だとは思われなかったのだが。
「小磯さん、お水もう少し飲みます?」
 甲斐甲斐しく介抱しつつ、まだ飲ませようとする周囲を牽制するユリに安心して親友を任せて、佐久間はトイレに立つ振りで騒がしい輪から抜けると携帯を取り出した。

「それじゃ、二次会行く人はこっちー。帰る人はそっちね。教授からタクシーチケット援助されたので、同じ方向の人は乗り合ってー」
 店の外でも変わらず騒がしいグループに紛れて、健二は二次会への誘いをなんとか断ることに成功した。
「えー小磯女史来ないの?」
 不満そうなゼミ生たちに、酒気で赤くなった顔で申し訳なさそうに笑って健二が謝る。
「うん。明日、朝一番の新幹線で長野に行くんだ」
 正月に顔を出せなかった代わり、落ち着いたら遊びに来なさいと陣内の現当主万里子が言ってくれていた。
「俺も、それくらいに顔出す予定だったから一緒に行こうよ」と言ってくれた恋人と約束しているので、絶対遅れたくないのだ。
 それでなくとも、今まで論文に追われて恋人となかなか会う時間が取れなかったのだ。
 誰がなんと言おうと、健二は振り切って帰る気満々なのである。
「小磯女史、タクシーはどっち方面に便乗します?」
 ゼミの問いかけに答えようとした健二は、佐久間に肩を叩かれて振り返る。
「なに、佐久間?」
「健二はあっち。お迎えだ」
 佐久間が指さした先、少し離れた場所に佇む人。
 目を凝らすまでもなく、それが誰だが健二には分かった。
「佳主馬君!」
 健二が自分の名を呼ぶのに笑みを浮かべて応え、佐久間からの連絡で迎えに来ていた佳主馬が近づいてくる。
 数理、シス工のゼミ生たちは、突然現れたイケメンに色めき立つ。
 が、数理ゼミのメンツは少々空気が違う。
「あ、おい。小磯女史の彼氏だ、迎えに来たみたいだぞ」
「本当だ、相変わらず小磯女史にラブだなー!」
「彼氏、情報工学所属なんだってさ」
 どうやら、数理ゼミ生の間では佳主馬は健二超ラブな彼氏として有名らしい。
「お、池沢君か。小磯を迎えに来たんだな、君も参加すれば良かったのに」
「まったくだ、来年度にはうちに来るんだろう?」
 さらに、教授陣の覚えもめでたいらしい。
「佐久間が呼んでくれたの?」
「ああ、お前結構フラフラしてるしな。キングとも最近会ってなかったんだろ」
 存分に甘えてこい、とからかわれて「あのねぇ……」とあきれた声を返すが、正直佳主馬に会えたのは嬉しいのでそれ以上は反駁しないことにする。
「健二さん、結構飲まされてるって聞いたけど。大丈夫?」
 教授陣との挨拶を終えた佳主馬が、心配そうな顔で覗き込んでくる。
「ちょっとフワフワするくらい。大丈夫だよ、迎えに来てくれてありがとう」
 嬉しいことを隠さない、素直な笑顔で見上げてくる健二に、佳主馬もとろけるような微笑みを浮かべる。
「車、向こうに止めてあるけど歩ける?」
「うん、大丈夫」
 ベタベタしているわけではないのに、二人の周りに流れるラブラブオーラは見守る人々の方を照れていたたまれない気持ちにさせる。
「そんじゃ、お二人さんは気をつけてー。二次会組は出発〜、タクシー組は運ちゃん待ってるぞー」
 二人のラブラブオーラに慣れている佐久間が、固まってしまったゼミ生達を正気に戻す。
「じゃあ、お先に失礼します。またね、佐久間」
「お疲れ様です。佐久間さん、来週スクリプトについて相談したいことがあるから、連絡するよ」
「おー、陣内の皆さんによろしくなー」
 ゼミ生たちも健二たちにそれぞれ挨拶を返して、帰って行く二人をなんとなく見送る。

「健二さん。段差、気をつけて」
 縁石を越えるとき、佳主馬がそう言って健二に手を差し伸べる。
 当然のように出された手を、なんの疑問も抱かず握り返して健二は佳主馬に手を引かれるまま歩く。
 その行動に違和感や照れ、ぎこちなさは一切無く、その行動が二人にとって至極当たり前の日常的なものだと知れる。
「なんつーか、すげーラヴい?」
 誰ともなしに呟かれた言葉に、その様子を余すことなく目撃していた者全員が深く頷いたのだった。


「佳主馬君、明日の準備終わってる?」
「終わってるよ、健二さんは?」
 繋いだ手を離さないまま、タイムズに停めてある車に向かいながら二人は明日の準備について話す。
「ボクも、終わってる。楽しみだね、皆さん元気かなあ?」
 良い感じに酔いが回っている健二は、いつもより饒舌でフワフワと楽しそうに笑う。
 手を繋いでいることも嬉しいのか、キュッキュッと握っては緩めてを繰り返す。
「元気そうだったよ。明日、気をつけていらっしゃいだって。ご馳走作って待ってるってさ」
 万里子から言われたのだろう言葉を聞いて、健二は「ふふふ、楽しみだなぁ」と嬉しそうに笑う。
 今日は、かなり機嫌が良さそうだ。
「明日、寝坊禁止だよ」
「うん、起きれるかな?佳主馬君、モーニングコールして?」
 素面だと、まず言わない可愛いワガママに佳主馬は握った手ごと自分に引き寄せて、眼下に来たフワフワの髪に鼻先を埋めた。
「いいよ、起こしてあげる。て言うか、今日はこのまま健二さんの部屋に泊まるつもりです来てるんだけど?」
 明日はそのまま出れるように荷物も持ってきてるよ。と、到着した車のロックを解除しながら後部座席に鎮座しているボストンバッグを指差す。
「そうなの?それじゃ、安心だねー。ふふ、佳主馬君のお泊まり久しぶりだなぁ」
 酔っ払っていることで、さらに天然度合いが増している健二に苦笑を禁じ得ず、佳主馬は「わかってないな、これは」とぼやいた。
 なかなか会えなかった恋人との久々の逢瀬がどんな風になるのか、そこらの中学生でも判るだろうに。
 酔いで思考力が低下していなくても晩生な健二は、理解していないらしい。
 これでも、二人のつきあいは4年目を数えているし、恋人としての営みもきっちりやっているのだ。
 それなのに、健二は色めいたことを非常に恥ずかしがる。
 そんなところも可愛いと佳主馬は心底思っているが、男心を弄ぶ無意識な小悪魔っぷりには、時々脱力してしまうのも本音だ。
 寝かせて上げられ無くても、新幹線で寝れるし良いよね。なんて不穏なことを自分の恋人が考えているなどつゆ知らず、健二は促されるまま車に乗り込む。
 車に乗ることで離れてしまった手が寂しい、と思いながら。
 健二は、寝るときも手を繋いでいて欲しいな。とのほほんと考えるのだった。

ナチュラルに手を繋ぐ。
段差とか階段とか、呼吸するみたいに当たり前に彼女の手を引く彼氏とか言い男過ぎる。
そんな妄想から生まれはお話です。
私は佳主馬に良い男幻想持ちすぎかな、と思いますw