中学三年生へと進級した佳主馬は、OMC世界チャンピオンという肩書きをはじめとして、いくつものゲームを製作した少年実業家と言う世間一般から抜きん出た実力をもってしても、ままならないことが多いと憂いている。
まず一つは外見。
陣内の家系は大器晩成と言うのか、成長期の訪れが少々遅い。
理一や侘助など長身の者が多いのだが、彼らも中学時代は前から数えた方が早い背丈だったらしい。
佳主馬も例外ではないらしく、中学三年に上がっても周囲の同級生のような爆発的成長期はおとずれてくれなかった。
伸びていないわけではない。
しかし、自分が望むほど伸びてくれないというのが正直な感想だった。
追いつきたい人に、なかなか追いつけないもどかしさをまだ抱えていなければならないと思うと、心がずっしり重くなるのはしょうがないことだった。
二つ目は年齢。
時の流れは不偏である。
つまり自分が年をとると、周囲も年を重ねることになる。
この当たり前のことも、佳主馬は苦々しいのだ。
どれだけ己が成長を急いだとしても、彼我の差はどうしても縮められない。
三つ目は距離。
佳主馬が身体的成長と年齢的成長を、じりじりした思いで願うのは想う相手がいるからである。
年齢も、身長も佳主馬より相手の方が上で、さらに住んでいる場所も遠く離れているという三重苦が重くのしかかっている。
会いたいからと気軽に行けない距離に、佳主馬はどれだけもどかしい思いをしたかわからない。
佳主馬は名古屋に住んでいて、彼の人は東京に居を構えている。
それは変えようのない事実なのだ。
少年実業家として活動しているだけあって、佳主馬は毎週のように上京しても問題ない程度には資金がある。
ただ、まだ中学生だからとそれらの管理は親に一任しているので、頻繁に東京に行くとなれば色々面倒くさいことになるのだろうが。
進路についても、悩ましい。
好きな人を追いかけて、東京の高校に進学したいと思ってはいるのだが、間違いなく両親に反対されるだろう。
わがままを押し通すには、いろんなしがらみがありすぎる。
本当に色々ままならないと頭を抱えながら、佳主馬は今日も少しでも想い人に近づくための努力を積み重ねていくのだ。
想いを寄せる相手……四つ年上の小磯健二と言う男の名前を持つ女性にふさわしい人間になるために。
佳主馬は、己が子供であることを痛いほど自覚している。
いくら背伸びをしても、大人相手に仕事をする立場になっても大人として扱われているわけでも、認められているわけでもないことを知っている。
自分は子供ではないと声高に主張したとしても、子供の癇癪にしかならない。
彼女の目には佳主馬は、弟のような存在にしか見えていないのだと思う。
真吾や祐平たちと扱いは同じなのだ。
ただ、キング・カズマの中の人と言うことにおいてだけ、彼女は自分を特別扱いする。
小磯健二という女性は、佳主馬と出会う前からキング・カズマの熱烈なファンだったらしくまるで恋する乙女のように目を輝かせて画面を食い入るように見つめるのだ。
その熱っぽい視線を、自分に向けて欲しいと思いながらカズマは画面の中の己の分身に少し恨めしい気持ちが沸くのを抑えられなかったりする。
いっそのこと、好きだと言ってしまいたい。
大事にするから、恋人になってと懇願できたならどんなに良いか。
けれど、告白したところで困ったように微笑んで、感謝と謝罪の言葉しかくれないだろうことを佳主馬は理解している。
数学に恋しているといっても過言ではない彼女と、恋人関係になるにはまだまだ自分は子供で足りないことがいっぱいあるのだ。
弟ではだめなのだ、もっと内面も外見も成長してちゃんと一人の男として意識してもらえるようになってからでないと、本当の恋人になれない。
そう自分に言い聞かせて、佳主馬は必死で暴走してしまいそうな己の気持ちを落ち着かせているのだった。
もう、とうの昔に健二が佳主馬を一人の男性として意識していることに、微塵も気づかずに。
2012年の夏休みは、佳主馬の夏期講習日程の関係で、健二と上田滞在の日程がすれ違ってしまった。
健二も夏休みはバイトで忙しいからと、4日しか上田にいなかった。
大学生になったから、色々と忙しくなったのよと陣内の大人たちが言って笑っているのを、佳主馬は忸怩たる思いで聞き流した。
中学生と大学生の差異は、途方もなく大きいと絶望に似た感傷を抱いて。
進学予定の高校は、自分の学力にあった場所なので日ごろ地道に予習復習をやっていれば問題ないからと、佳主馬はキングの業務は通常通りに受けている。
さすがにゲーム開発に関してはどちらも中途半端になってしまうことが予想できたので、受験終了までは休業と言う形をとっている。
スポンサー側も一応受験生と言うことを考慮して、東京方面の仕事を入れないようにしてくれている。
それをちょっと残念に思ってしまうのは、仕事と言う大義名分で上京して空き時間に想い人と会うことができないからだ。
仕事にとられる時間が少なくなったことで、佳主馬はクラスメイトと接する機会が増えた。
とは言え、家の手伝いと保育園に妹を迎えに行くまでの短い時間だけなのだが、会話の幅は広がった。
最近話題になっているのは、ニケと言う美人モデルのことらしい。
とある広告代理店専属のモデルで、どのプロダクションにも所属していない謎の人物だそうだ。
他の会社のオファーや引き抜きにも一切応ないので、その広告代理店にはニケに出演してもらいたいという依頼が引きもきらないとのことだ。
しかし、ニケの出演は年に1〜2回と決められているらしく、メディアへの露出は驚くほど少ない。
そういえば、数年前にキング・カズマとのCM共演のオファーがあったような記憶があるが、その時はOMC以外に興味を持てず断ったはずだ。
馬鹿げた売り方なのに何故そんなにも人気があるのだろうかと思ったが、佳主馬はそれ以上の興味を示すことはなかった。
テレビでニケのCMを見るまでは。
【微睡む女神】
2012年初秋に公開されたニケの新作CMは、OZヘッドラインニュースにも取り沙汰にされるほど注目度が高かった。
佳主馬もそのニュース項目に「これがクラスメイトの言ってたやつか」と思って、何の気なしにCMを再生した。
――穏やかに微睡む女神。
運命の訪れまで、健やかな眠りを……
寝具のCMで、件のニケは時折ゆるい寝返りを打ちながら、微笑みさえ浮かべて眠るだけである。
広がる長い髪は、その流れさえも計算し尽くしているかのように美しくニケを彩る。
枕元に舞い降りた小鳥が、子守唄のように優しくさえずり、木漏れ日が淡く白い肌を弾く。
CM自体の出来もCGの作りこみもかなりのクオリティだと佳主馬は思ったが、何よりニケ自身から目が離せなかった。
淡く微笑むその表情が、なぜか気になって。
全然似ていないのに焦がれる相手の顔が思い浮かんで、胸が甘く苦しく疼く。
そのニケが、佳主馬が想う相手そのものだということには。
未だ気付かないままであった。
恋の自覚。というか健二さん晩生すぎる。