若き数学者の休息

 国際数学オリンピックの日本代表として、全参加者の内上位12名に食い込んで見事金メダルを獲得して帰ってきた健二はちょっとだけ強引に連れてこられた上田の陣内家の面々に大歓迎を受けた。
 ちなみに、日本は惜しくも優勝を逃している。
「聞いたぞ! 頑張ったそうじゃないか、今日は宴会だな!」
 万助にバンバンと背中を痛いくらいに叩かれて、健二はその痛みに耐えながらも笑顔でありがとうございますと返す。
「万助おじさん、健二くんが吹っ飛んじゃうから! ほら、荷物置きに行くのが先でしょー!」
 夏希の言葉に反省した様子もなくすまんすまんと笑う万助に、隣に立つ佳主馬が呆れたように見る。
「師匠たちは、理由がなくてもこっちじゃ毎日宴会でしょ」
 至極ごもっともである。
「あっはっはっはっは! 佳主馬も言うようになったなあ!」
 今度は去年に比べて10センチほど身長が伸びた佳主馬の背中を叩きながら、万助はそれはそれは上機嫌に笑う。
「さ、健二さん。うるさい男たちはほっといて、荷物を置いてらっしゃい。お昼まだでしょ、準備してあるから」
 万里子に促されて、一年ぶりの陣内家の勢いに気圧され通しの健二は控えめに笑って頷く。
「はい、改めましてお世話になります」
「んもー、水臭いこと言わないの。健二くんは立派なうちの身内なんだから」
「あは、理香さんの言うとおり。じゃ、健二くん部屋に案内するわね。こっち、去年と同じ部屋だから」
 夏希に促されて、客室に荷物を置いた健二は改めて東京では考えられないくらい広い家と、広いくせに寒々しさを与えない賑やかしい雰囲気に嬉しそうに笑う。
「ごめんね、うちの親戚連中がうるさくて。健二くんがカザフスタンにいる間、ずーっと私に連れて来いってひっきりなしだったんだから」
 疲れてるのに無理に連れて来ちゃってごめん、と夏希に謝られて健二はとんでもないと手と首を一緒に振る。
「確かに、ちょっと長旅疲れはありますけど……。でも、呼んで貰えて嬉しいです」
 やっぱり両親は仕事が忙しくて、家だと少し寂しいから。
 そう言ってちょっと困ってるかのように眉を下げ気味に笑う健二に、夏希はやっぱり連れてきて良かったと思いなおす。
「あと、頑張ったねって褒められて、おめでとうって言って貰えるのも嬉しいです。頑張ったんだなぁって、実感がわいてきました」
 さっきまで下がり気味だった眉が上がり気味になって、晴れやかに微笑むのに夏希は心底安堵する。
 やっぱり、健二は晴れやかに嬉しそうに笑うのが一番似合っている。
「じゃあ、今日は覚悟しといたほうがいいわよ。理一さんが絶対勧誘するって張り切ってるし、侘助おじさんもアメリカに誘ってみるかとか言ってたから」
 お祝いと勧誘の嵐になるかも、と言えば健二は慌てて「ええええ!?」と眼を白黒させている。
 その様子に夏希がけらりと笑って、さあお昼ご飯! と健二を広間に促した。

 昼はそうめんと茹でもろこし、トマトとキュウリをきったもの、そしておにぎりと言う簡単なものだったけども大勢で食べればやはり賑やかしくていつもより美味しく感じる。
 進められるまま食べて満腹になった健二は、食休め及び時差ボケ回復と称して佳主馬のいる納戸に避難するよう夏希たちに言われた。
 そうでなければ、台風のようなちびっ子達に遊べとせがまれて疲れが癒えないだろうとの配慮だ。
「あー……。凄い満腹、苦しい〜」
 納戸の床にゴロリと転がって呻く健二をチラリと顧みて、佳主馬は呆れたようにため息をついてノートパソコンのモニタに向き直る。
「そりゃ、アレだけ食べればね。自業自得じゃない?」
 それは正しい意見なのだが、健二にだってそれなりの理由があるのだ。
「うーん。でも、久しぶりの日本食だったし。つい嬉しくて食べちゃったんだよね……」
 米と醤油最高〜、とかぐったりしながら主張する様は一種異様なものがあるが、カザフスタンの料理は美味しかったらしいのだがやっぱり食べなれた日本食が恋しくなるのだろう。
 カザフスタンの料理はどんなのだった? と聞けば、面白かったよと帰ってくる。
「すっごい多国籍なんだよ。サモサとかシシカバブと一緒にロシア料理のボルシチとかあるし、明らかに韓国料理でしょって感じにキムチとかあるし」
 あ、でも羊のチーズはちょっと苦手だったかも。と呟く健二はあの独特な風味を思い出しているのか微妙な表情になっている。
「それ本当に多国籍の何でもありだね」
 いろんな国の料理が一つのテーブルに並んでる様を想像して、佳主馬は素直に感心する。
「でも、やっぱりお米と味噌と醤油と梅干しが好きだー……」
 と言うか、日本と外国では同じ調味料でも材料や作り方が微妙に違うから味も違ってくる。
 幾ら本場の料理とは言え、食べなれた味をしばらく食べていなければ恋しくもなるだろう。
「それ、師匠や万里子おばさんたちに言ったら良いよ。きっと、これでもかってくらいの日本食作ってくれる。イカ刺しとか、芋の煮っころがしとか、肉じゃがとか、焼き魚とか」
 リクエストしたら良いよ。との言葉に、健二はちょっと嬉しそうに笑ってそうだね、と言う。
 けど、その「そうだね」はただの相槌で、実際にリクエストはしにいかない。
 恐らく自分のわがままでその日決まっているだろう献立に水を差すのは忍びないと思ってるのだろう。
 そんな心配は一切必要ないのに、基本的に控えめな青年は無理も気負いもなく自然にそういう気遣いをやってのける。
 佳主馬は健二のそういうところが、人の顔色を見すぎとイライラすると同時に、呼吸するのと同じように人を気遣えることを尊敬もしている。
「それに、ここで出される料理ってどれをとっても美味しいしね。まあ、今は満腹だから食べ物のことはあんまり考えられません」
 最後のほうはちょっと声が情けないくらい苦しそうで、佳主馬は思わず噴き出す。
「はいはい、しばらく休んでなよ」
「うん、佳主馬君ありがとう……」
 どうやら半分眠りかけているらしく、言葉尻がぼやけている。
 佳主馬が眼をやれば、己の腕を枕にして既に昼寝体勢だ。
 よっぽど疲れているのだろうと、佳主馬は眠ろうとする健二にそれ以上はなしかけることはせずにモニタに向き直る。
 気持ちキーボードを打つ音を控えめにして、安眠を妨害しないように。

 それから夕方になるまで、時折万里子や夏希が様子を見に納戸をのぞきに来たのだが、健二は夕飯時に揺り起こされるまで目を覚まさなかったのである。

勝手に金メダリストにしちゃいました、的なw
まあ、OZのパス解くくらいだから、実力的には金メダル取れるでしょうということで。
そういえば今年の数学オリンピックでは日本選手で満点取った人がいるみたいです。すごいなあ。
兄弟みたいな、仲の良い友達みたいなそんな健二と佳主馬です。
まだまだ恋愛感情には程遠いけど、こういう二人を書くのも大好きだ!
と言うか陣内家にモテモテの健二を書くのが好き!