悩める受験生

 8月に入って東京に戻ってきた健二は、受験対策と銘打った夏期講習に参加している。
 隣にはもちろん佐久間の姿もあったりする。
「てゆうかさ、お前さんはぶっちゃけ受験勉強楽勝じゃん。早稲田、慶應とか特選入試枠あるんだろ。数学オリンピックのAAAランク者にして金メダリストなんだからさ」
 今は昼休みで昼食をとるために大半の生徒が席を外している。
 健二と佐久間はコンビニで買ってきた食料を広げて人の減った教室で優雅にランチタイムだ。
「んー。それはそうなんだけどさ。師事したい教授がいる大学と迷ってるんだよ」
 だから普通に受験勉強もしておこうと思って。と、世の受験生が聞いたらちょっと涙を流して怒りそうなことをサラっと言って、健二はペットボトルのお茶を飲む。
「あー、何か言ってたな。フィールズだかノーベル取った人とかだっけ。で、どの大学よ」
 ちなみにフィールズ賞と言うのは数学におけるノーベル賞のようなもので、4年に1度の上限4人まで40歳以下の若手数学者に授与するという特殊なものである。
 ノーベル賞がそれまでに上げた功績に対して授与されるのと違い、これまでの実績やこれからの可能性を鑑みて授与されるというものだろう。
 つまり、フィールズ賞を授与された数学者の師事すればさらに凄い理論や数式に出会える可能性が大きい、ということにもなるだろう。
「ハーバード」
 健二の言葉を聞くや、口に含んでいたコーヒー牛乳を危うく吹き出しかけて佐久間が盛大に噎せる。
 言うに事欠いて、と言うかよりによって、世界有数の名門校を挙げるか普通。
「ハーバード大学の教授が何人かフィールズ賞受賞してるんだよ。ちょっと興味あるんだよね。日本だと京都大学になるんだよなぁ」
 どちらにしろ遠いから、ちょっと無理があるけどね。
 至極あっさりとした健二の言葉に、ようやく咳の収まった佐久間が恨めしそうに睨む。
「お前、わざとだろ。今の」
 恨みがましげな佐久間の視線を肩を竦めていなした健二は、二つ目のおにぎりの包装を破る。
「さすがに海外留学までは親が許さないだろうなあ。いけて京大かな」
 でも推薦枠に入る方向でも一応考えてはいるよ。と何でもない風に答えて、のりを巻いたおにぎりにかぶりつく。
「あぁ、そう。志望校ねえ……俺もいい加減はっきり決めないとなあ」
 佐久間も健二ほどではないにしろ理数系はそれなりに得意だ。
 加えて勉強はそれなりにそつなくこなしているが、何が一番得意かと聞かれたらプログラミングと答えるだろう。
 去年の夏、OZの中央タワーを城に作り替えたり、ラブマシーンを誘い出すカジノステージを中央タワーにしつらえたのは、ほかでもない佐久間の功績だ。
 情報工学系の専門学校に進むことも考えてはいるのだが、やはりどちらかと言えば大学に進んで出来れば院でもっと深いコアな部分まで学びたいと思っている。
「佐久間は情報工学系だっけ。なんなら一緒に海外留学いっとく?」
「いいね、二人でルームシェアして? 健二が夏希先輩との遠距離恋愛にいそしんでる間、俺は金髪碧眼のお姉さんと仲良くするわ」
 軽口を叩きあってけらけらと笑い合うが健二が、でもなーと微妙な顔をする。
「ほんの数週間海外生活しただけなのにさ、すっごい日本食恋しくなるんだよ。留学なんかしたらすごい困りそう」
 その言葉は経験者はかく語るとばかりに重みのある口調で、思わず佐久間も口をへの字に曲げる。
「ああ、それはしんどいな。俺らお箸の国の人だもんなあ。ハンバーガーやピザやステーキばっかじゃ、あっと言う間にメタボリカル留学生だ。さらに、コーヒー牛乳がないのも困る」
 確かに佐久間が愛飲しているコーヒー牛乳はなさそうだが、それ以上に甘い飲み物は山ほどありそうである。
 そんなこんなと話をしながら食後のひとときを過ごしていると、そろそろ昼休みが終わるのか教室に人が戻って来始めた。
「ま、そういうことで。俺らは地道に地元大学を探すか」
 京大進学してルームシェアって手もあるけどな。と締めくくって佐久間がパックの残りを飲み干してコンビニ袋に詰め込む。
「理学部と工学部は、基本的に同一キャンパスにあることが多いしな。まあ、どっちにしろ早く決めないとなぁ」
 健二も同意して食べかすをまとめてコンビニ袋に入れ口を縛る。
 留学、という言葉を簡単に口にはしたが、健二はその気は全くない。ただの戯言だった。
 第一、留学してしまっては上田におじゃまさせてもらうことも難しくなるだろう。
 そんなことを思って、健二はずいぶん自分があの場所に執着しているな、と思う。
 それほどまでに居心地の良い、暖かい場所なのだからそれも仕方がないと開き直る。
 また来年、上田の陣内家にお邪魔出来るよう受験勉強を頑張ろうと思いながら、午後の授業を始めるぞと入ってきた講師に向き直った。

佐久間と健二の遠慮のない友人関係は大好きです。
竹馬の友ってやつですか! みたいな、燃え滾る。
大学を出たのはもう何年も前なんですが、SS書くために今更ネットとかで念入りに調べてる自分がいます(笑
自分のときはこんなのほとんど調べず適当だったのに…!
ほんと、二人はどの大学に行くんだろう……。同じ大学で仲良くして欲しい気もしますw