「ねえ、健二君は私のこと好き?」
帰省に合わせてデートとの最中。
買い物に付き合ってくれたお礼にティールームでお茶をご馳走すると、夏希がおすすめの店に腰を落ち着けた時。
夏希はそう、出し抜けに問うた。
「え、はい。大好きです」
問いかけると、少しだけ戸惑ってティーカップをソーサーに戻して頬を染めながら応えてくれる。
照れながら、ちゃんと目を見て答えてくれる言葉に嘘はなく。
じんわりとした喜びがわくけれど、それを押してでも夏希は健二に言わなければならないことがあった。
「それって、本当に恋愛感情なのかな?」
途端に凍り付いてしまう健二の表情に、言ってしまった言葉を後悔するけれど返上する事はできない。
「あ、責めてたりする訳じゃないの。誤解しないでね」
誤解してしまわないように、夏希は少しずつ言葉を選ぶ。
「私も、健二君が好き。大好きよ。一緒にいると嬉しいし、笑ってくれると幸せ。だから今まで気にしたこと無かったし、このままでも良かった」
そう、焦がれ燃えるような感情でなくても、二人の間には確かに愛情がある。
だから問題ないと思っていたのだ。
つい先日、健二と一緒に夏休み恒例の上田に行くまで。
健二を見つめる佳主馬の、心が引き絞られるような切ない視線を見るまで。
気づかれないよう、溢れてしまわないように用心深く細心の注意を払って、そっと見つめる佳主馬を見て、何をどう思うかよりも深く納得してしまった自分に夏希は気づいた。
佳主馬は健二の事を、恋愛感情で好きなのだ、と。
親戚であってもなかなか人を寄せ付けない、他人になるととりつく島もない佳主馬が、健二には最初から気を許している節があった。
「あの子が懐くなんて珍しいわ」
なんて、母である聖美が言うくらいだから。
健二自身も、本人は気づいていないけど佳主馬に惹かれているようだ。
周囲の人から「天然記念物ものの鈍さ」と称されるくらいだから、本人は弟を思う感じとか信じてるに違いない。
でも、兄弟や友人に向けるには健二の表情に甘やかな色が強い。
もちろん、夏希に向けられる健二の視線も甘い。
それは十分実感できるほどだ。
夏希にとって健二は文句なしに良い彼氏だ。
最初の方こそ、自信なさげに慌てふためいて、挙動不審でもっと強引になればいいのに、とおもうくらいだったが。
今では、当たり前のように並んで歩き手を繋ぎ腕を組む。
イギリスから帰省したときしか会えないけれど、上田に行くときは夏希の都合を一番考えてくれる。
不満なんて、夏希にあろうはずがない。
でも気づいてしまったのだ。
自分と健二の間にある愛情は、恋人と言うより家族に向ける穏やかなものだと。
「健二君は私が特別好きな人、これは変わらない。でも、恋とは違う感情だって気づいたの。私は当たり前のようにそばにあったものだから気付けなくて……健二君は、手に入れたくて切望したものだから錯覚していたんだと思うの」
健二から何度か聞いたことのある家庭環境。
家族はワーカホリックを地で行き、めったに家族が集うことがない。
常に一人でご飯を食べて、「おかえり」を言う相手も言ってくれる人もいない。
家族の温もりにずっと飢えていた健二は、夏希との間にある感情を恋だと錯覚していたのだ。
「私たち、恋人じゃなくて家族だったのね……ずっと」
冷めかけた紅茶にミルクを注いで、夏希がいたずらっぽく笑う。
「夏希、さん……」
多分、ショックを与えてしまった。
健二の強張った表情に、夏希は宥めるような優しい笑みを向ける。
「私ね、幸せよ?健二君が、恋人でも家族でも、大好きなのは変わらないもの」
そう、健二のことを好きなのは変わらない。
だけどもし自分に、あるいは健二に胸が引き裂かれそうなほど焦がれる相手が出来たら?
夏希は健二に、健二は夏希に遠慮してその想いを諦めてしまうのではないだろうか。
それでも諦めきれない場合は、どうなってしまうだろう。
それを、夏希は危惧した。
違う女性に健二を渡したくない気持ちも否定できないが、健二にはどうあっても幸せになってもらいたい。
だから、夏希は恋人としての手を離すことを決めた。
辛そうな健二の表情に、かすかに後悔の念が浮かぶが夏希の決意は変わらなかった。
「ずっとずっと、お互いが大好きでそばにいるために……。別れましょう、私たち」
チリリと、胸は痛むけれど。
それ以上に幸せそうな、愛情の溢れた表情で夏希はその言葉を口にした。
とうとう、夏希が別れを切り出しました。
でも、悲しい別れではなく、夏希なりに健二を家族として幸せにするための選択です。
世間がどう言おうと健二は夏希にとって大事な家族だ、ということが書きたかったのです。