おうちでまってる

 大学4回生になると、就職活動やら卒論作成やらで大変忙しくなる。
 就職せずに大学院に進むという者も、例外ではない。
 大学院に進むためには選抜試験を受けて合格しなければならない。
 それは、数理科の博士課程を志望する健二と情報工学の修士課程を志望する佐久間にも言える事だ。

「の、乗り切った……! 後は結果を待つのみだあ〜!」
 試験と面接の全てを終えて、サークル部室に顔を出した佐久間がスーツのネクタイを緩めながらドッカリと椅子に腰を下ろす。
 珍しく部室には後輩と同級生の姿がちらほらいる。
「その結果が問題なんだけどね」
 受かってるといいな、と呟きながら佐久間の隣の椅子に腰掛けるのは同じく院試を乗り切った健二である。
「果報は寝て待て、っていうか後は野となれ山となれですよ。ともあれ、お疲れ様でした」
 後輩の一人が言えば、居合わせた面子が口々に労いの言葉をかけてくれる。
 疲れた心と体が癒されて、ちょっと嬉しい。
「まあ、とりあえずお疲れ様会というか、前祝いとして呑みに行きますか!」
 既に就職が内定している同級生が言えば口々に賛成〜と言うことが掛かる。
「っていうか、それはお前さんが単に飲みたいだけじゃない? まあ、行くけどさ」
 佐久間の言葉はあながち間違ってないだろう。
 学生と言うのは何かにつけて飲み会や食事会をやるものだ。
 まあ、社会人になってもそれは同じことなのだろうが、やはりわいわいと食事をしたり酒盛りするのは楽しいので、断る理由はない。
 どこの店にしようか、と相談が始まったのだが健二が申し訳なさそうにおずおずと手を挙げる。
「ごめん、僕は不参加で」
 途端に、周囲から「えー?」とブーイングが上がるが、健二は困ったように今日はちょっと無理なんだと返している。
「何か用事?」
 同級生の一人が問えば、聞かれてもないのに佐久間がニヤニヤと笑いながら横から答える。
「まあ、しょうがないよなー。健二は家で可愛いウサギちゃんが待ってるもんな」
 揶揄するような佐久間の言葉に、健二が顔を赤くして絶句する。
 確かに、間違った言い方ではない。
 佐久間が言った「可愛いウサギちゃん」とは他でもない、現在健二が恋人としてお付き合いしている人物――池沢佳主馬のことだ。
 当人の容姿が可愛いとかウサギちゃん、な訳ではなく。
 OZで使用しているアバターがウサギだから、佐久間がそういったのだ。
 確かに忘れてしまいそうになるが、ちゃんとウサギのアバターである……世界一強いウサギと言う但し書きが入るが。
 いかにも裏があります的な言い方をされるのは正直やめて欲しくもある。
「あれ、小磯の住んでるアパートってペット可だったんだ。いいなー! 俺んとこもペット可だったら猫飼ってたのに」
 しかし日頃の行い故か、色恋沙汰に関わりが薄そうな雰囲気からか変な意味に取る人間はいなかったようだった。
 さらに言うならば、2年前に付き合っていた女性と別れた後に浮いた話がほとんど出なかったのにも原因があるだろう。
「ウサギって可愛いですよね! 私もミニウサギ飼ってるんですよ〜! 小磯先輩のは大きいですか? 小さいですか?」
 後輩の一人にウサギ愛好家がいたらしく、ウサギ仲間! と言う感じに嬉しそうに健二に話しかける。
「ええと……、小さくはないなあ」
 どうにかしてごまかそうと、冷や汗を垂らしながら必死に考えている健二に佐久間は一人で爆笑している。
 小さくはない、どころかかなり大きい。
 出会った当初は健二よりも20センチ以上小さかったのに、今ではにょきにょきと身長が伸びて180センチを超えている。
 正直、邪魔くさいくらい大きい。
 可愛くない、って思うのは恐らく身長が伸び悩んでしまった健二のささやかな僻みだろう。
「大きい種類なんですね! いいなー! 最初は懐かないけど、ちゃんと世話したら凄く懐いてくれるのがいいですよね。誠意が伝わるってこういうのかなー、みたいな。寂しいとスリスリって寄って来て構えー! って意思表示するのも可愛いくてたまりません〜!」
「う、うん……」
 さすがウサギ愛好家だけあって、ウサギの話を始めるとノンストップだ。
 その話を苦笑しながら聞いているのだが、健二はなんとなく「ああ、確かに」と現在仕事の関係で泊まりに来ている人物を思い浮かべて妙に納得する。
 母である聖美さん曰く、気難しくて滅多に心を開かない性格で佳主馬が健二にあっさり懐いたのを、親戚一同が珍しいと驚いたこともあった。
 そんな風に言われたら、何か自分だけが特別みたいな気持ちになって誇らしく嬉しかったのを覚えている。
 それに寂しがりやとまでは行かないが、健二が数学の問題に夢中になっていると不貞腐れた表情で圧し掛かってきたり抱きしめてきたりする。
 構って欲しい意思表示が、後輩の言うウサギみたいに可愛いものではなくかなりふてぶてしいのだが、憎からず思っている相手に甘えられるとやはり可愛いと思うのは同感だ。
「問題は、怒らせたときなんですよね……。ウサギってピョンピョン跳ねるだけあって、後ろ足のキック力がハンパなくて。必殺キックが鳩尾に入った日には、しばらく悶絶して動けません」
 確かに、本体である佳主馬君もアバターであるキング・カズマもキック技は得意としている。
 キング・カズマは特に必殺技サマーソルトがあるくらいだ。
 思わず変に納得した表情をすれば、隣で見ていた佐久間が「もーだめ!」と突っ伏して爆笑している。
 ちょっと他力本願だが、後でキング・カズマに焼きを入れてもらおうと健二はこっそり決心する。
 
 先ほどまで騙っていたウサギ好きの後輩は、彼女に密かに思いを寄せているサークル員の一人が「俺もウサギ飼ってみようかな」と呟いたのを聞き、ウサギの良さや選び方、飼い方などを熱心にレクチャーしている。
 よっぽどウサギが好きなのだろう。
 とりあえず、今の内に逃げ……もとい、帰ったほうが良さそうだと判断して健二は鞄を手にして立ち上がる。
「それじゃ、お先に。また今度誘ってね」
 お疲れ様〜。という仲間の声に見送られて、ついでに突っ伏した佐久間の脇腹に鞄でポコンと一撃入れてサークル部室を後にする。
 大学の正門を出て、アパートに向かって歩きながら健二は携帯を取り出す。
「……まったく、佐久間はいつも悪ふざけが過ぎるんだよ」
 メールで佐久間に、人前で変なことを言うなよと恨み言を送ってアバターのぶさいくなリスに託す。
 ぶさいくだけれども、見てると妙に可愛く感じられていつの間にか愛着が沸いてしまったアバターは、尻尾を振りながらメールを担いでえっちらおっちらと走っていく。
 ケンジが戻ってくる間に、もう一通メールを打つ。
 試験が終ったこととこれから帰りますというメールを、さっき話題に上ったウサギアバターの主に向けて。
 出来上がったメールを、再びケンジに託して携帯をポケットに収める。
「さて、それじゃあ帰りますか」
 格好良くて可愛くて大好きな、ウサギさんの待っている場所に。
 心の中でそう呟いて、くすぐったい気分になった健二は誰にも気付かれないように小さく笑った。

友人と「家で猫が待ってるから」って言って「何、その猫って二本足で髪長くて、あぁんって鳴くの?」とか言うネタは古すぎて誰も使わないよね、と言う話をしてました。
そんなそこから、じゃあ健二さんは「家でウサギが待ってる」って言うのかな? と言う会話になったのは基本ですw
それを言うなら佐久間が「可愛いウサギちゃんが待ってるんだろー?」ってからかうほうがしっくり来る、と言う話になってちょっと萌えたので、書いてみました(笑)
ウサギのキック力はマジハンパないです。鳩尾に入るとちょっと三途の川とか見えます。
あと、ウサギと言えば性欲ネタですよね、うん。
絶対書いておかないといけないネタな気がします(笑)